縮小経済下における中小企業支援~営業赤字脱出方法編~

コロナ感染症、ロシアのウクライナ侵略など、グローバル経済の大変革の影響を受け、国内企業はもとより私たちの生活でも様々な影響が出始めています。中国のゼロコロナ政策による工場閉鎖で部品調達が滞ったり、エネルギー資源や食料が調達できなくなったりして、国内大企業でもビジネスモデルの変革を余儀なくされている状況です。一方、こうした物価上昇を受けて賃金上昇の機運も高まり、長らくインフレ傾向を脱することのできなかった日本経済の下、日本企業ではまさに左右からダブルパンチを受けた状態なのでしょう。潤沢な内部留保に頼ることのできる一部の大企業を除き、国内中小企業のほとんどはこの煽りを受けて、事業縮小や廃業を余儀なくされています。

販売先から値下げを要求されている、もしくは取引量の縮小を伝えられている中小企業。このままではダメになるので新たな販売先を見つけたい、新たな商品/製品を開発してもう一つの事業の柱を作りたい、・・・・中小企業の経営者は次なる手段を様々に模索していると思います。

こうした状況下で、私は金融機関からお声掛けいただき、中小企業の経営診断をさせていただき、赤字脱却の具体的な方法をご提案させていただいています。今回は、こうした支援を通じて得た、赤字脱却の方法を方法論として以下にお伝えしたいと思います。なお、具体的な企業名や赤字額などの情報は差し控えさせていただきますので、あらかじめご了承ください。

赤字脱却の方法論について、はじめに結論から申しますと、「選択と集中」です。

もちろん選択と集中という概念は、拡大経済時でも適用できる概念です。しかし、縮小経済時ではリスク回避の重点化から一層の引き締めが必要です。景気悪化や少子化などにより、ほとんどの中小企業では新規採用は思うようになっていません。また、当然ですが新たな投資ができるほどの資金力もありません。こうした状況下で、赤字脱却の対策を実行するには、何かを辞めてしっかりと余力を作り出すことが大切になります。では何を辞めて、何を始めればよいのか。

考え方はシンプルです。赤字の取引きを辞めて、黒字の取引きを強化すればいいのです。

自社の取引きにおいて、どの取引が赤字で、どの取引が黒字なのか。実はそれが分かっている中小企業はあまりありません。今月の売り上げは先月より多いか少ないか、昨年の今頃はこんなに仕事があったのに今月は・・・、など。多くの経営者にとって、売上があること、または仕事があることが事業の良しあしのバロメーターになっています。確かに、拡大経済時には、売上とともに利益が増大し、必要な事務所費などの拡張も実現できていました。しかし、縮小経済時には、この拡充した事務所費などの固定費が重しになり、営業利益が出せなくなっています。一般に、金融機関からはこうした固定費を削減するよう助言を受けていると思います。しかし、事務員の給料、導入したコンピューター会計システムなど、減らすにも減らしようのない固定費があるのも事実です。これ以上の固定費削減は、従業員から不満が出たり、取引先の印象も悪くなるので、固定費の削減も限界があるでしょう。では、今のままの固定費で、利益を出することはできないのでしょうか?

いえいえ、大丈夫。まだ方策はあります。
じゃあ、どうすればいいのでしょうか?

もう一度言いますが、取引ごとに赤字か黒字か分かればいいのです。そして、赤字の取引きを辞めて、黒字の取引きを強化するのです。

取引ごとの利益は分からないにしても、取引ごとの販売価格と仕入れ値(売上原価)は分かっていると思います。ここから粗利と営業利益を次の計算式で算出すればいいのです。

①取引ごとの粗利=販売価格-仕入れ値(売上原価)
②取引ごとの営業利益=取引ごとの粗利ー取引ごとの販管費

式①は多くの中小企業で実施できると思います。ただし、仕入れた品が複数の取引きで使用される場合には、大まかで構いませんので、仕入れた品の2割くらいかな、半分くらいかな、と考えて、実際の仕入れ値を使用量で按分して計算するようにしてください。取引ごとにこうした使用量を考えることは、なんとか使用量を減らしたり、より多くの取引きで使用できないか等、事業プロセスの効率化のヒントになる視点を与えますので、実はとても大切なことです。財務分析では、変動費を減らす効果があり、損益分岐点売上高を低下させ、自社の財務体質を強化させることにつながります。

次の式②では、式①で算出した取引ごとの粗利から取引ごとの販管費を差し引いて、目的である取引ごとの営業利益を算出します。ここで難しいのが、取引ごとの販管費をどのように算出するのか、です。販管費には、従業員の給料、光熱費、事務機器リース料などが含まれていて、それらを取引ごとに計算することはできません。こうした販管費はおよそ1年間の使用料は同じと考えられます。もちろん、ある年は宣伝広告を強化したので費用が増えたりすることもありますが、販管費の費目ごとの変化を見ていくと、およそ一定であることが分かります。(逆に、他の年よりも多い場合は、何らかの理由が存在しているはずですので、それを確認して今年も必要かどうかを検討し、販管費の予定額に計上しておきます。)
このように販管費は1年間でおよそ一定であることを述べました。では、それを取引ごとに分けるにはどうすればよいのでしょうか?販管費を取引ごとに分けるには、まずその取引の特徴(ここでは要因と言います)を把握する必要があります。例えば、取引額の大小によらず、受注から仕入、加工後の販売を通じておおむね同じプロセスをたどるようでしたら、取引回数が販管費を取引ごとに分ける要因と考えられます。ほかには、例えば高額な商品の場合は、それだけ仕入れ品の種類や数が増加し、都度事務員の確認が必要になるような場合には、販売価格が販管費を取引ごとに分ける要因と考えても良いでしょう。このように、事業プロセスを把握して、販管費の項目がどんな取引によってその作業が発生するか、という取引上の特徴を理解することが大切になってきます。
こうした販管費の取引ごとの按分方法は少し複雑に感じられるかもしれません。金融機関では簡略化して、販売価格で按分するケースが一般的と思いますが、販売価格が数万円から数億円に渡るような幅広い場合や、販売価格によって業務プロセスが変わるような場合には注意が必要です。
事例を挙げます。豆腐屋さんで、100円の豆腐と200円の豆腐を販売する場合、販売員が1時間で販売できる数量に差はありません。その場合は取引回数が要因になります。(極端な例ですが)100円の豆腐と10万円の豆腐を販売する場合に、販売員の方は10万円の豆腐は桐の箱に入れて、熨斗を付けて宛名書きして特別な配送業者を手配する業務プロセスが追加されると、この場合は販管費を販売価格で按分する方がよいでしょう。

このように販管費を取引ごとに分けて考えるようになれば、式②によって取引ごとに営業利益を算出することができるようになります。これは厳密な取引ごとの販管費ではありませんが、取引の特徴を理解した上で、それにふさわしい考え方を適用して取引ごとの販売費を算出するものです。私が所属した自動車会社では製造プロセスごと(取引ごと)に生産者の作業時間を観察し、サイクルタイムやマシンタイムを設定して、いかにしてタクトタイムで生産するかを検討します。製造現場に限らず、事務作業の作業プロセスを理解して、その特徴から効率化の要因を探っていくことは、ムダを排除するだけでなく、余力を作り出すことで新しいタスクを受け入れ、それを実行することが可能になるのです。

このように取引ごとに赤字か黒字かが分かってくると、やるべきことは簡単です。

まず、赤字の取引きに対する対処法は次の中から選びます。
・値上げする
・取引を辞める

もちろん、顧客へ値上げを要求して、顧客側から取引を辞められる場合もあります。いずれにしても、このままの取引きを続けても、営業赤字が拡大するだけですので、取引を辞めることで新しい取組みへの余力を作る方が得策だと思います。

この余力を黒字の取引きに注ぐことを提案します。黒字取引きを拡大して、利益を大きくすることです。

一般的に、取引が黒字になっているということは、低価格競争や短納期競争から脱することができており、顧客が自社を選ぶ理由が存在する、という状態だと思います。たぶん、自社にとっては多くの顧客の一つに過ぎないと感じていると思いますが、顧客からするとこれまでの取引きの中で自然に当社を選んでくれる理由を築き上げてきたのだと思います。それは、信頼という言葉で代えられると思います。困ったときに助けてくれた、何かあると相談に乗ってくれる、いつも私のことを気にかけてくれる。そう、友人のような関係をイメージすると分かりやすいと思います。
友人が取引先にいたら、その友人から購入しませんか?私ならそうします。相談できたり、無理を聞いてくれるかもしれないし。こちらの事情も分かってくれるから。

そうなんです。赤字取引きを削減して、黒字取引きの顧客を友人だと思って信頼関係を作っていってください。何か困ったことはありませんか?こんな商品が発売されたけど、ここで使ってみませんか?近くに来たから寄ってみた。最近どうですか?・・・・まさに友人に会いに来た時の会話です。

このような関係ができてくると、顧客は自社を頼るようになります。困っている、あったらいいなの会話ができるようになります。それに真摯に応えていけば顧客との共存共栄の関係作りが完成していきます。

このようにやるべきことをお伝えしましたが、やってはいけないこともあります。それは安易な値下げです。

私も中小企業をご支援する中で、注文を取るために値引きをするケースをよく耳にします。仮に値引きによって受注獲得できたとしても、それは一時的なものであり、そこに信頼関係はありません。もっと言えば、今後のその顧客のニーズは値引きに偏っていきます。顧客にとって自社は値引きに対応してくれる会社という位置づけになってしまい、値引きをしなくなった時点で、その顧客との関係性は消滅します。値引きという受注が顧客ニーズを値段だけに限定させてしまい、自らその顧客との信頼の関係構築を崩壊することにつながることを認識すべきです。安易な値引きは顧客との長期的な取引を自ら壊していることを理解してください。

以上、縮小経済下における中小企業の赤字脱出の方法論をお話ししました。ポイントは取引ごとに利益を算出し、赤字の取引きを辞めて事業余力を作り出し、その余力を黒字顧客との信頼関係の強化へ投入することです。
実は、顧客と信頼関係を作ることは創業時に注力していたことなんです。どの会社でも創業時は、顧客のニーズを理解して、それにどうすれば応えていけるのか、日々考えてきたと思います。営業赤字で悩んでいる時こそ、創業の原点に立ち返り、顧客に寄り添った事業へ見直すことで、自社を選んでもらう理由をしっかりと確立してもらいたいと思います。

©IWAI Consulting Office、岩井サトシ